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京都地方裁判所 昭和32年(ワ)638号 判決

原告 井口茂三郎

被告 国 外一名

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

1、被告岩森熊之助は原告に対し京都市北区衣笠高橋町三十一番地家屋番号同町四十六番一、木造瓦葺二階建店舗建坪十六坪一合五勺二階坪十三坪二合一勺を明渡せ。

2、被告国は原告に対し右建物の二階表の間約六畳を除く爾余の部分を明渡せ。

3、被告岩森熊之助は原告に対し昭和三十二年七月十二日以降明渡ずみまで一ケ月金五千五百円の割合による金員を支払え。

4、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決と仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は本件建物を所有しているが、被告岩森に対し、つぎのとおりこれを賃貸した。

(一)  賃貸年月日 昭和一三年一月一六日

(二)  賃料 当時一ケ月金三二円九〇銭

(三)  賃貸期限 昭和一八年二月一六日

(四)  その他の特約 本件家屋は元来当時米穀商であつた原告が、該家屋で米穀商を営む目的を以て新築したものであるところ、被告岩森が三等郵便局開設を急ぐにつき取敢えず使用したいから、一、二年間だけ貸してくれ、いづれ近々中に自己所有の山林を伐採して局舎を新築移転するという特約を付して貸したものであつて、賃貸借契約書に五年と書いておくが、これは十分の余裕を見た上でのことであつて、昭和十八年二月以前に明渡すという確約があつた。

二、ところが、右賃貸借契約は本訴状送達のあつた昭和三二年七月一一日無断転貸を理由とする契約解除によつて終了した。

仮りにそうでないとしても、昭和三一年九月末なした正当事由による解約申入れによつて昭和三二年三月末日限り終了した。

仮りにそうでないとしても、著しい保管義務違反を理由とし、昭和三四年三月四日の本件口頭弁論期日においてなした契約解除によつて同日限り終了した。

三、前項の契約終了理由の詳細は次のとおりである。

(一)  無断転貸

被告岩森は昭和二三年四月一日本件建物の一部を被告国に転貸し階上を訴外藤本芳徳に転貸した。

被告等は右は民法第六一二条の禁ずる転貸に該らないと主張するが、被告国は被告岩森から本件家屋を賃借したからこそ、爾後所定の基準による賃借料を支払つていたのである。被告国自身法律的に転借関係を認めているにほかならない。

被告国は転貸であつても、民法第六一二条の解除権を生じないと主張し、その理由として、本件建物の当初からの使用目的が変らないし、管理主の変更は被告岩森の自由意思によらず、制度改正に基くから背信行為がないというのであるが、本件賃貸借は個人の自由意思に基く純然たる私法関係で国の制度変更とは何等の関係もない。如何に国家といえども本件建物使用については私人に過ぎない。当事者である国の一方的都合により新な法律関係を所有者である原告に無断で作り出すことはできない。今被告国と被告岩森との間の転貸借契約の内容を検討するに被告岩森の承諾すらなくして被告国において局舎の模様替、増築等を必要と認める時これを為し得ることを約している趣旨を窺い得る。原告の承諾を得ずしてなされた転貸借契約において原告が被告国のかかる行為を甘受すべき理由が何処にあるであろうか。更に被告国の論旨を貫けば被告岩森個人の賃借権に基礎を置く限り被告国の機関としての特定郵便局長が今後被告岩森より何人に受継がれようと郵便局として使用目的乃至方法を変更しない限り適法に存続し得るとする結論に到達する。かかる不合理な結論に導かれる所以のものは、被告岩森の法律上の地位は原告との間の賃貸借契約上の賃借人であると同時に転借人たる被告国の機関たる地位を有するという二面性を看過した結果であつて、ここに思い到れば被告国の主張は到底維持するに耐え得ないこと明かである。

更に被告国は原告は転貸を追認したと主張するが、原告において追認した事実のないことはそれ以前より原告が本件家屋の明渡を被告岩森に求めた事実からも明かである。更に被告国は制度の変更は公知の事実であると主張するが、逓信省と全国特定郵便局会会長との間の協定を国民が一々知る筈がない。

被告岩森は、訴外藤本は家族同様の者であつて、家賃も受取つていないと主張するが、極めて疑わしい。被告岩森が同人の家族以外の者に本件家屋の一部を長期間無断で貸与したことは民法第六一二条の明白な違反である。それだからこそ藤本は、本件提起を予知して、昭和三二年五月末頃他に転出したのであるし、又予め承諾が得られないと思つたからこそ、一言の挨拶もなく本件家屋に入居していたのである。

(二)  正当事由

被告において契約当初の約束を尊重する誠意さえあれば、今日迄移転の可能性は十分あつたのである。現に本件家屋の近隣には空地が点在し、家屋が追々新築されている事情にある。被告岩森は郷里に山林田畑を多く所有し、家族二人が郵便局に勤務して多額の収入を得て居り、移転の費用に事欠くことはない。(なお局舎新築については、国より有利な融資が受けられると聞いている)。これに比較して原告は、現在手狭な家屋に原告夫婦、長男夫婦、孫二人が同居し、次男(二八才)は今春結婚したが、住む家もなく営業店舗もないので漸く小さな店舗を借受け、遠い嵯峨に高い家賃を支払つて、借家住いをして夫婦で通勤している苦境にある。更に永年の家業である米穀商を営むこともできず、現在刻々と回復すべからざる損害を被りつつあると共に本件家屋の明渡を求められないなら、永遠に開業の機会を失うかも知れない立場にある。被告岩森は昭和三三年五月二一日原告代理人奥村弁護士に対し、本件家屋を向う一年以内に明渡す旨の意思を表示し、原告の被告岩森に対する本訴請求が正当であり、且つ理由のあることを、被告岩森自身認容していたところなのである。

(三)  保管義務違反

原被告間に本件賃貸借契約を締結するに際し、本件家屋の賃貸借は被告において局舎を新築するまでの短期間を限り且つ原告が、本件家屋を新築所有するに至つたのは、該家屋にて米穀商を営む目的からであつた。従つて、原告において被告岩森が、本件建物を郵便局として使用することを認めていたものであるといつても、現状を変更しないことを条件として差当り局舎として使用することを許したに止まり、本格的且つ永続的に郵便局局舎として使用すべく、その規模、構造を変することを許容した趣旨のものでないこと。右契約締結当時の具体的事情及び当事者間に作成された契約書(甲第一号証)第四項の記載に徴して明かである。

然るに被告岩森は賃借して間もなく原告不知の間に「中の間」までを落間とし、且附属物(押入)等も取壊して横に窓や出入口を作り、更に表造作にペンキを塗る等大改造を施した。

被告岩森が原告との間の賃貸借契約の約旨に反し賃貸人たる原告の同意なしに本件家屋の改造、模様替等をなし来つたことは、賃貸借の基礎たる信頼関係を蹂躙し、原告をして本件賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめる信義に反する所為であるからその明渡を求める。

四、そこで原告は被告岩森に対し次のとおり求める。

(一)  本件建物の明渡

(二)  昭和三二年七月一二日から明渡ずみまで一ケ月金五、五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払、

五、被告国は何等の権限もないのに本件建物の二階表の間約六帖を除く爾余の部分を占有している。

被告国は転貸借契約に基く本件家屋についての賃借権を以て原告に対抗することを得ない。

原告は昭和二三年四月一日付特定郵便局局舎借入契約書(丙第一号証の一)に貸主として表示せられた訴外岩森はつゑとの間に本件家屋を目的とする賃貸借契約を締結した事実なく右訴外人は本件家屋の使用収益については全くの無権利者である。

然るに被告国は、昭和二三年四月一日右岩森はつゑとの間に本件家屋につき前記転貸借契約を締結し(丙第一号証の一)同人を相手方として二回に亘り賃貸借の更新を重ね(丙第一号証の二、三、四、五)昭和二七年六月一日に至るまで本件家屋の占有を継続し来つたものであり、被告国の占有は原告の転貸借についての承諾の有無について論ずるまでもなく、前記転貸借契約の基礎たるべき本件家屋に対する賃借権を有しない岩森はつゑとの間の転貸借契約に基く不法な占有である。

被告国は、昭和二七年六月一日に至り始めてその非なることを悟り、同日付追加契約書と題する書面(丙第一号証の四)を以て右転貸契約の当事者を被告岩森熊之助と変更するに至つたのであるが、右は全く新たな賃貸借契約の締結である。しかしながら原告はすでにそれ以前の昭和二六年四月当時食糧公団の解散に伴う米穀の自由登録制への切換により原告が永年家業とし来つた米穀業者に復帰すべく米穀販売店の登録を得んがため本件家屋を必要とする事情本件賃貸借契約成立当時の経緯等を述べ被告岩森に対しその明渡方を求めたのである。従つてその後において、被告岩森又は国に対し、本件家屋の転貸借を承諾する筈なく、右承諾の有無については挙証責任を負担する被告等においても何等の立証もなさないところである。

六、そこで原告は、被告国に対し、次のとおり求める。

(一)  本件建物の二階表の間約六帖を除く爾余の部分一切の明渡、と述べ、

証拠〈省略〉

被告岩森訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決と、敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

原告が本件建物を所有していること、原告がその主張の頃被告岩森に対し、本件建物を賃貸したことは認めるが、当時の賃料は一ケ月金二二円一〇銭で敷金百円を差入れ期間の定めなく郵便局舎として使用する目的で借受けたのである。右賃貸借に原告主張のような特約の存した事実は否認する。その余の原告主張事実は次の被告主張において認める点を除いて否認する。

(一) いわゆる無断転貸について

もと特定郵便局の経費は特定郵便局長手当として支給せられた金額をもつて全部を賄いいわゆる請負制度をもつて運営していたのであつたが、昭和二三年四月一日から特定郵便局の経費については、その全部を国が直轄経費を以て支弁することとなつたのに伴つて、局舎料も国が支弁することとなつたため、全国一律に逓信局長は、局舎の所有者又は賃借人である特定郵便局長に対し特定郵便局舎借入契約書なるものを差入れしめたのである。被告岩森も衣笠郵便局長であるから大阪逓信局長に対し、従来局舎として使用している部分について、右契約書を差入れたのであるが、それは国が局舎料を支弁するために採つた措置であつて、被告岩森は昭和一三年三月二六日京都衣笠郵便局長を拝命し、本件建物において開局以来今日に至るまで引続き京都衣笠郵便局長の職に在り本件建物については、局舎として当初のとおりの使用状態を毫も変更してはいないのである。従つて、被告岩森の本件建物に対する占有管理の実体に何等変更がないのであるから、原告がこれを掴えて転貸借と主張するのは失当である。

訴外藤本秀徳(芳徳は誤りである)は、被告岩森の郷里三重県名張市に在る親戚の者で、京都大学に入学したので下宿先を探してくれと頼まれたものの、適当なところがないままに被告岩森方に同居したが、昭和三二年四月京都大学を卒業したのですでに他に転出した。被告岩森方では賃料を貰つたこともなく、全く家族同様に生活していたのである。訴外藤本が本件建物に同居したことによつて、被告岩森の本件建物に対する占有管理の実体に何等の変更を来さなかつたのであるから、原告がこれを目して転貸借であると主張するのは失当である。

仮にそうでないとしても、被告岩森は昭和三一年一〇月分以降は現金書留郵便を以て毎月賃料を原告に送金して支払つているのであるが、原告は右転貸の事実を知つて居りながら右賃料を全部異議なく受領しているのであるから、原告は右転貸の事実については黙示的に之を承諾しているものと謂わなければならない。そればかりでなく、原告は本訴状を以て賃貸借契約を解除すると主張するけれども、本件訴状送達の日である昭和三二年七月一一日後においても原告は被告岩森が昭和三二年七月三一日現金書留郵便を以て送金した同月分の賃料を異議なく受領しているのであるから、原告主張の右解除の意思表示はその効果を失つたものと謂わなければならないし、原告は昭和三二年三月末日限り賃貸借は終了したと主張しているけれども、原告は同月分以降も被告岩森が引続き右のとおり送金した賃料を異議なく受領しているのであるから、原告主張の被告岩森に対する本件建物賃貸借契約についての解約申入れも亦その効果を失つたものと謂わなければならない。

(二)  いわゆる正当事由について

本件建物は一般住宅用貸家として建築せられ、貸家札が掲げられてあつたのを、三等郵便局を開設し、その局舎として使用する目的をもつて被告岩森は原告との間に賃貸借契約を取結び、原告の承諾を得て三等郵便局局舎として使用するための模様替を現況の如く施工し、昭和一三年三月二六日京都衣笠郵便局開局以来今日に至るまで引続いて右局舎として使用し、逓信事務に従事して来たのである。特定郵便局の局舎は現在の局舎の位置から一五〇米内外の距離範囲内に限つて移転を許可せられるのであるが、それ以上の距離の地点には移転することは許可せられないのである。

ところで本件建物の位置から一五〇米内外の距離範囲においては特定郵便局舎の移転先の建物を得ることは極めて困難である。被告岩森の資力を以てしては不可能というほかはない。被告岩森は本件建物を賃借する以前は北区わら天神附近に住家を所有していたが、本件家屋を三等郵便局の局舎として使用するため賃借できることになつたので、右住家を売却し、その代金を模様替の工事費用その他局舎開設についての設備費用に充てたのである。被告岩森が若し本件健物を明渡さなければならないというが如き事態に立ち至れば、被告岩森は京都衣笠郵便局の局舎の移転先を得ることが殆んど不可能であつて、被告岩森が、特定郵便局長の地位を失うばかりでなく、かくては、京都衣笠郵便局を利用していた一般公衆に社会生活上測り得ない程の甚大な不便、迷惑、損失を被らすことになるのである。

原告方の住居が手狭になつているとの事実は知らないが、原告は資産家であるばかりでなく、本件建物のほかにも家屋を所有しているのである。

原告は本件家屋を利用して米穀店を開業するため本件家屋を自ら使用する必要があると主張するのであるが、食糧管理法第八条の二第二項の米穀類の販売業者たるには、食糧管理法施行令第五条の二第一項に定めるとおり、業者登録を受けなければならないのであつて、米穀類の小売又は卸販売業者の業者登録は毎年三月一日現在において小売販売業者又は卸売販売業者であつたもので、その年の四月一日から引続き同一の事業区域で当該業務を営もうとするものその他食糧管理法施行規則第一九条第一項第一号乃至第六号に掲げる者から、その営業所を管轄する市町村長を経て都道府県知事に登録申請書を提出し、当該業者登録を受けたい旨の申請があつた場合になされるのである。しかし都道府県知事は前項の申請書の提出を受けたときは、食糧管理法施行規則第二一条第二項又は第三項の要件のすべてを備えている者に対して(同条第四項に定める例外の場合があるけれども)それぞれ小売販売業者又は卸売販売業者登録を行うものであるが、右要件のすべてを備えている場合においても、同条第五項にあたる場合には、都道府県知事は右業者登録を行わないことを得るのである。米穀類の販売を営業するためには、かくの如く都道府県知事の審査を受け販売業者の業者登録を経なければならないのであるから、仮りに原告が本件家屋に居住し得たとしても、直ちに自由に米穀類の販売の店舗を設け営業することはできないのである。

被告岩森が原告主張の頃奥村法律事務所を訪れたことは認めるが、被告岩森は若し郵便局舎を移転するとすれば、土地も買わなければならないし、移転先の距離について制限もあり、郵便局舎も建築しなければならないから、少くとも一年はかかるだろうということを申述べたに過ぎず、被告岩森に対する原告の本訴請求が正当であり、理由があることを同被告自身認容していたとの原告の主張は否認する。

(三)  いわゆる保管義務違反について

被告岩森は、本件家屋を郵便局局舎と住居に使用することを明示して賃借し、原告は右使用目的をよく知つて賃貸したのである。被告岩森が本件家屋を賃借して郵便局を開設するに当り郵便局局舎として使用するため現状の如く模様替等を施したことについては原告は当時明かに同意していたのである。

被告岩森は戦時中の頃本件家屋の階下が通り庭といわれる建方であつて、応接室の採光が悪いので窓を設けたが、被告岩森が郵便局開局後において本件家屋に施した改装はこれだけである。

原告は京都衣笠郵便局開局以来税金納付等の手続のため、屡々来局しているのであるから、被告岩森が郵便局開局のために施した模様替改装の事実も右開局後の改装の事実も、それぞれその当時から知悉しておつたのであるが、未だかつて被告岩森に対し何等の異議も申述べなかつたと述べ、

証拠〈省略〉

被告国指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

本件建物が原告の所有であること、原告主張の日にこれを被告岩森が賃借したこと及び本件建物の一部を被告等が郵便局局舎として使用していることは認めるが、その余の原告主張事実は次の被告主張において認める点を除いて否認する。

一、本件建物の一部を国が京都衣笠郵便局舎として使用しているいきさつ。

(1)  被告国は昭和一三年三月二六日被告岩森孝之を京都衣笠郵便局長に任命し、同人をして本件建物の一部を提供せしめ三等郵便局を開設した。

当時三等郵便局長には、その局に要する適当な家屋及び土地を無償で提供する義務があり(三等郵便局長三等電信局長服務規約-明治二一年六月公達第一三一号-第二条)、そのため被告岩森は本件建物を郵便局舎に使用する目的で原告より賃借し国に提供したのである。

(2)  当時の三等郵便局長(後の特定郵便局長)の身分は、若干の手当を支給されるのほか俸給としての給与は支給されない官吏として処遇され、いわゆる渡切経費(改正前の会計法第二二条、現行会計法第二三条)及び切手類売さばき手数料の収得額等をもつて該郵便局を維持運営してきたのであつた。このように局舎の維持について政府より特段の費用を支給しなかつた結果時代の進展に応じない不体裁な局舎が生ずるに至つた等のため、昭和一二年の制度改正に際しあらたに渡切経費の内訳に局舎料の一項目を設け、これをもつて維持補修等の費用に充てしめることとし、昭和一三年八月には前記局舎の無償提供義務を定めた服務規約を廃止し、あらたに「三等郵便局長服務規程」(同年八月公達第九八五号)を制定し、その第二条に「三等郵便局長ハ別ニ定ムル所ニヨリ其ノ局ニ要スル土地建物ヲ提供シ且別ニ支給スル経費ヲ以テ其ノ局ノ業務ニ関スル一切ノ経費ヲ支弁シ局執行ノ責ニ任ズ」と定め従前の無償提供義務を明文をもつて有償に切換えた。しかして三等(特定)郵便局の運営は、この規定が昭和二三年二月に削除されるまで引続き同様の方法でおこなわれていた。

(3)  終戦後国の行政組織が大きく改められたのに際し、特定郵便局の制度も当然改正さるべき運命にあつた。すなわち、特定郵便局長の身分については昭和二三年七月に施行された国家公務員法を適用する国家公務員とし、これに伴いさきの特定郵便局長服務規程第二条を削除してその局に要する土地建物の提供義務を免除し、渡切経費の内容を改正して経理状況を明確化するとともに、切手類売さばき手数料を取得させる制度を廃止し切手類は物品会計規則の適用がある官品とした。

このような改正の結果、特定郵便局長の局舎用土地建物の提供義務はなくなり、国自らが局舎等の施設をもうけることを要することとなつたが、全国において一万を超える数の特定局の従前の局舎を買収またはあらたにこれを建設することは、国家財政上不可能なことであつたから、引き続き従前の局舎を賃借使用することとした。

ところで全国多数の特定郵便局の局舎は、当該郵便局長の個人所有のものが甚だ多く、その余は本件のように局長が他から借り入れているものであるが、前者については所定の評価基準により賃料額を定めこれを賃借することとしたが、後者については所有者と特定郵便局長との間において特殊な人的関係の存したものもあり、過去において特定郵便局長の負担において局舎の修繕模様替等をおこなつているものもあり、修繕費の負担についてもさまざまな特約がある等従前の所有者郵便局長間の賃料額は各種の事情によつて異つている。しかしながら政府としては、特定郵便局長個人所有の局舎の賃借料とそれ以外のものとを別途の基準で定めることや、後者についての前記各種事情によつて区々の賃借料を個別的に定めることも、他との権衡を失し公平に賃借料を定める政策上の要請に副わないこととなるため、建物所有者と従前の賃借人たる特定郵便局長間の賃借料は賃貸借契約の個別性に応じ契約当事者間の任意に委せることとしあえてこれに介入せず、国は特定郵便局長に対し所定の基準に従つた賃借料を支払うこととしたのである。この方針は当時の逓信省と全国特定郵便局長を代表する全国特定郵便局会会長との間で協定され、爾来現在に及ぶものである。本件の衣笠郵便局についてもこの方針に則り、国は局舎の使用料として昭和二三年四月一日以降一ケ月金一九二円を支払うこととしたが、その後料金は数次にわたり改訂され昭和二八年四月一日より一ケ月金二五六〇円を支払うことと定め現在に至つている。

二、被告国が本件建物の一部を使用する法律関係は、原告に解除権を生ずる転貸には該らないものである。

本件建物は被告岩森が特定郵便局長に任命されるに際し、自己の局舎提供義務を履行するため、その旨を明にして原告より賃借したもので、建物の一部は引き続き衣笠郵便局として使用されてきたが、前記経緯により昭和二三年以降はこれを被告国の責任において管理使用することとなつたものである。このようにこれが管理主体が変動したことの法律上の関係はともあれ、実体上本件建物は制度改正の前後を通じ、郵便局長たる被告岩森を直接の局舎保持の責任者とし同一の目的方法により現実の使用が続けられているものであり、しかも管理主体の交替は、賃借人たる被告岩森の自由意思による選択の余地のない制度改革によるものであつて被告岩森には本件建物の原告との賃貸借を継続するに堪えない背信的な行為はない。従つてこのような特殊な事情のある場合には原告に解除権が発生することはないものと解されるから、被告には明渡の義務はない。

三、仮りにそうでないとしても信義則上解除権の行使は許されない。一般に賃借人が賃貸人の承諾を得ないで、賃借物の転貸をした場合であつても、賃借人の右行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情あるときは、賃貸人は、民法第六一二条第二項による解除権を行使し得ないことは、すでに最高裁判所において繰返し判示せられるところである。

ところで、被告岩森が、被告国に対し本件建物の一部を三等郵便局の局舎として使用させるに至つた事実関係は、すでにこれを明らかにしたところであるが、被告国主張の事実関係は前記判例にいわゆる特段の事情に該当するものである。すなわち被告岩森は本件建物につき当初から原告に対し特定郵便局として政府に提供することを明かにしてこれを賃借し、原告の許可を得て自己の費用をもつて郵便局に使用できるように模様替を施し、又その後直接政府を管理主体としてこれを使用させるに至つたのも昭和二三年当時の制度改革に伴う法令の改正による処置であり、被告岩森がその行為に出たのは誠に止むを得ないところで、社会通念上何人をその立場においてもその行為をするの外なかつたものでありしかも政府に直接使用させているのは、従前より郵便事業に充てていた本件建物の一部分に過ぎず、又その用法から見ても新たに特に原告に損害を及ぼす事由が生じたこともないから、このような場合には被告岩森に背信行為はなく、外形は被告国との間に転借関係が生じても信義則上原告の解除権の行使は許されないところであると考える。

四、仮りに然らずとしても原告は転貸を承諾しているものである。被告国が昭和二三年より制度改革により直接本件建物の一部を使用するに至つたことは、右制度改革が公知の事実であることから原告もこれを充分承知しているところであるが、その後原告は久しきに亘り被告岩森より異議なく賃料を受領し、かつ再三ならずその賃貸料の増額の要求をなしているものであつて、転貸につき黙示の承諾があつたものということができる。

五、被告岩森と岩森はつゑとの関係について

被告岩森熊之助は昭和一三年三月二六日京都衣笠郵便局長に任命され、本件建物の階下において同郵便局を開設し、その業務を行つていたが、同二二年一〇月三〇日いわゆる追放により退職し、同二七年六月一日再度局長に任命され現在に至つている。同人の退職と、同日付をもつて同人の妻はつゑが同局長心得に任命され、同二四年一月八日付をもつて同局長に任命され、引き続き右局舎においてその業務をおこなつていたが、被告岩森熊之助の復職に伴いその職を退いたものである。被告国は、昭和二三年四月一日付をもつて本件建物の階下につき、借主を大阪逓信局長立花章、貸主を岩森はつゑとする特定郵便局舎借入契約書(丙第一号証の一)を作成してこれを取り交わし、昭和二七年六月一日被告岩森熊之助の復職に伴い前記契約の貸主をはつゑより熊之助に改め現在に至つている。被告岩森熊之助は、追放により退職すると同時に、同人の妻はつゑが前記郵便局長心得に任命されたので、自己が賃借使用中の前記郵便局舎部分の管理権限を同人の妻に引継ぎその使用収益の主体たらしめたが、当時熊之助は追放の身で、その故郷へ帰つたりしていたが、依然としてその生活の本拠は変らず、被告熊之助とはつゑは同居の夫婦であつたからこのような措置を講じたからといつて、もとより民法第六一二条にいわゆる「第三者をして賃借物の使用又は収益を為さしめたるとき」に該らないのは解釈上明白であろう。被告国は、昭和二三年の制度改正に伴い、前記局舎の部分を賃借することとなつたが、右の経緯にかんがみ、かつ局長と契約を結ぶ処理方針に則り当時の局長心得のはつゑと賃貸借契約書を取り交わしたものである。若しも被告岩森熊之助が退職した際同人の妻が後任者として任命されなければ、被告国は、全く関係のない第三者を任命し、原告に無断で本件建物の一部を使用して執務することを命ずることはなかつたのである。被告国は、現在及び将来において被告岩森熊之助が前記郵便局長として在職し前記局舎を提供する限りにおいて、この局舎を使用する方針であるに過ぎない。本件建物を被告国が半永久的に郵便局として使用するであろうという原告の危倶は杞憂である。と述べた。

証拠〈省略〉

理由

本件建物が原告の所有に属すること、被告岩森が昭和一三年二月一六日右建物を原告から賃借し、三等郵便局の局舎として使用していたこと、及び訴外岩森はつゑが昭和二三年四月一日被告国との間に本件建物をその借入範囲は別として京都衣笠特定郵便局局舎として大阪逓信局において借入れする旨の契約を締結したことは当事者間に争ない。なお特定郵便局局舎借入契約書と題する書面(丙第一号証の一)に貸主として本件家屋の賃借人でない訴外岩森はつゑが表示されているのは成立に争ない丙第一号証の一と被告岩森熊之助本人訊問の結果に徴すると本件家屋の賃借人たる被告岩森は、終戦後追放により京都衣笠郵便局長を退職すると同時にその妻はつゑが右郵便局長心得に任命されたので、賃借使用中の本件家屋の管理権限を妻はつゑに引継いで三重県下に帰郷し、その間右はつゑがその管理権限に基き前記契約を締結したものと解すべく、被告国の借入範囲は、右借入契約書(丙第一号証の一)添付に係る別紙図面に徴すると本件家屋の階上階下の全部に及ぶものと認めるを相当とする。

そこで被告国が本件建物を使用する法律関係が民法第六一二条にいわゆる転貸借に該当するか否について判断するに、前示丙第一号証の一によれば、右局舎借入契約には「借入」とか「借料」とかいう言葉を使用しているけれども結局被告岩森が被告国に特定郵便局舎としての使用を為さしめ、被告国がその賃金を支払うことを約しているにほかならず、該契約が民法第六〇一条にいう賃貸借に該当するものであることは右契約内容に徴して明かであつて、いわゆる転貸とは転貸借という特別の契約があるわけでなく、賃借人が賃借物についてなす賃貸借が転貸借なのであるから、賃借人と転借人との間の賃貸借契約によつて常に転貸借が成立するものというべく、被告国の本件家屋使用関係が、民法にいう転貸借に該当することは疑を容れる余地がない。

被告国は本件建物を使用する法律関係は原告に解除権を生ずる転貸には該らないと主張し、その理由として昭和二三年以降被告国の責任において本件建物を管理使用することとなつたという管理主体が変動したことの法律上の関係はともあれ、実体上本件建物は制度改正の前後を通じ郵便局長たる被告岩森を直接の局舎保持の責任者とし、同一の目的方法により現実の使用が続けられているものであり、しかも管理主体の交替は賃借人たる被告岩森の自由意思による選択の余地のない制度改革によるものであると主張するけれども先づ成立に争ない甲第一号証同丙第二号証に徴すれば、本件家屋を原告より賃借したのは被告岩森熊之助個人であり、昭和二三年四月一日以降右家屋を転借使用しているものは国家公務員法の適用を受ける公務員たる京都衣笠郵便局長としての被告岩森であり換言すれば同被告が被告国の機関として管理使用しているものと認められるから右転貸により本件家屋の占有管理の実体に変更を生じたものというべきである。このことは次の事実を考えれば更に明瞭となる。すなわち本件において被告岩森熊之助は昭和一三年二月二六日京都衣笠郵便局長に任命されたが、同二二年一〇月三〇日退職し、同人の退職と同日付をもつて、同人の妻はつゑが同局長心得に任命せられ、同二四年一月八日付をもつて同局長に任命され、同二七年六月一日、被告岩森熊之助の復職に伴いはつゑが退職していることは被告国の自認するところであつて、かような局舎保持の直接の責任者の変動が一に被告国の権限に基き、その裁量に従つて決定されている事実(成立に争ない丙第三号証の一、二参照)に徴しても前記転貸によつて、本件家屋の占有管理の実体に変更を来していることは明かである。しかも三等郵便局長(後の特定郵便局長)の身分に関する制度の変更はともかく、被告岩森が被告国に本件家屋を転貸したのは、一に被告岩森の自由意思に基く契約によつて成立したものであることは言を俟たないところであつて、国家といえども私法の領域たる本件家屋の利用関係において、個人の意思を無視して自由に使用関係を設定し得るものではない。本件家屋に対する被告国の使用関係を他の転貸借一般と区別し、民法第六一二条による解除権を生じないものとする特殊な事情を認め得ない。

被告国は、被告岩森が本件家屋を被告国に使用させたことによつて、外形は被告国との間に転借関係が生じても、信義則上原告の解除権の行使は許されないと主張し、その理由として昭和二三年当時の制度改革に伴う法令の改正による処置であり、被告岩森がその行為に出たのは、誠に止むを得ないところで、被告岩森に背信行為はないというけれども、被告国のいわゆる三等郵便局長の身分制度改正は必然的に無断転貸を随伴するものではあるまい。被告国が自認する如く、特定郵便局長の身分に関する制度改正の結果、特定郵便局長の局舎用土地建物の提供義務がなくなつたことは国自らが局舎等の施設を設けることを前提とするものというべく、ただ全国において一万を超える数の特定局の局舎を買収又は新たにこれを建設することは、国家財政上不可能であつたから、引続き従前の局舎を賃借使用することとしたのである。ところで全国多数の特定郵便局の局舎は、当該郵便局長の個人所有のものが甚だ多く、その場合には当該局長と任意借入契約を締結すればよくその余は本件のように局長が他から借入れているものであつて、この場合には、当該局長又は国において賃貸人の承諾を得て適法に転借すべきものであつて、国が転借する場合に限つて賃貸人の承諾不要だとか、無断転貸による解除権がないとかいうのは正当でない。本件において、被告等の全立証によるも原告が、転貸につき承諾を与えた事実はこれを認め難く、又三等郵便局長の身分制度の改正はともかくとして(この点も果して公知の事実といい得るか否はにわかに断じ難いが)、少くとも、被告国の局舎借入契約締結の事実は公知の事実ではないから、原告がこれを黙認したとすることはできない。若し問題があるとすれば、それはむしろ原告が不当に被告国の転借につき承諾を拒んでいるかどうかという点にある。かような観点から本件における具体的事情について検討するに成立に争ない甲第二号証証人岩森はつゑ、同井口とせの各証言原告本人訊問の結果被告岩森本人訊問の結果の一部検証の結果を綜合すると被告岩森が本件家屋を賃借するに際しては「衣笠地区で郵便局を開く了解を得たので開局を急いでいる。郷里から山の木を持つてきて家を建てる予定で、それまで一、二年の間貸して欲しい」という趣旨のことを言つたといういきさつがあること、原告方家族は原告夫婦と長男夫婦、その子供二人でその所有に係る居宅は二階建で階下は玄関(三帖)台所西帖半)奥の間は落間とし長男の妻が糸巻工場に使用二階三間(四帖半、三帖、六帖)畳数にして二五帖であるが、二階の表の間は嵯峨の住宅公団に住んでいる次男夫婦が洋服地巻きの芯作りの作業場に使用して全体として極めて手狭であつて次男夫婦を別居させるため本件建物の明渡を切望していること、他方被告岩森は昭和二四年公職追放以来三重県名張市に転出し、同所で不動産を所有し追放解除後の現在でも少くとも土曜日曜には帰郷している状況で、同被告の資産を以てすれば被告国の要望する局舎新築ということも、必ずしも絶対不可能でないものと認め得るのみならず、被告国のいう三等郵便局長の身分制度改正はもともと次の如き事情に基くものであることは同被告の自認するところである。即ち、当時の三等郵便局長の身分は若干の手当を支給されるほか俸給としての給与は支給されない官吏として処遇され、いわゆる渡切経費及び切手類売さばき手数料の収得額等をもつて該郵便局を維持運営して来た結果時代の進展に応じない不体裁な局舎が生ずるに至つたことが制度改正の動機の一となつたのである。そうすると、被告国が、一般的に郵便局舎の増改築に積極的態度に出ることは当然予想するに難くないところで、現に前示丙第一号証の一によると、被告国は局舎借入契約において、局舎について予め賃借人の承諾を得ずして模様替又は増築等をなす場合のあることを予定する規定(特定郵便局舎借入契約書第六条本文の場合)を設けていることを認め得べく、原告が前認定の如き事情の下において前認定の如き転貸借契約について、承諾を拒んだとしても不当だとはいい得ないのである。

右の次第であつて本件訴状が昭和三二年七月一一日被告岩森に到達したことは記録に徴して明白でこれにより原告は同被告に対し無断転貸を理由に契約解除の意思表示をなしたものと認め得るから本件建物賃貸借は同日限り解除により終了したものとする。

なお被告岩森が昭和三二年七月三一日書留郵便にて送金した同月分の賃料と同額の金員が原告に到達したからといつて当時訴訟の係属中であつたことを考えると原告が賃貸借の存続を肯認した上賃料として受領したものとは解し難く、これによつて解除の効果が失効したとは認め難い。

ところで、鑑定の結果によると昭和三二年七月一二日以降本件建物の適正賃料は一ケ月金五、五〇〇円と認め得るから、被告岩森に対し本件建物の明渡と昭和三二年七月一二日から明渡済に至るまで一ケ月金五、五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め被告国に対し所有権に基き本件建物の内二階表六帖の間を除くその他の占有部分の明渡を求める原告の本訴請求を爾余の判断を俟たずして全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を各適用し、仮執行の宣言は諸般の事情を考えこれを付する必要なきものと認め主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二)

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